アルコール→有機金属化合物
概要
- シリルエーテルは、アルコールの保護に有効である。研究室規模の精密合成では、必ずといっていいほど用いられる。
- 3つの置換基R’は2つ以上同じものが用いられる。全て異なるとケイ素原子が不斉中心となってしまい、ジアステレオマーの取り扱いが面倒なためである。
- TBS、TIPS、TBDPS基は立体的にかさ高いため、二級・三級アルコール存在下に一級アルコールのみを選択的に保護することが可能である。
基本文献
- Corey, E. J.; Venkateswarlu, A. J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 6190. DOI: 10.1021/ja00772a043
- Corey, E. J.; Cho, H.; Rucker, C.; Hua, D. H. Tetrahedron Lett. 1981, 22, 3455. doi:10.1016/S0040-4039(01)81930-4
Review
- Nelson, T. D.; Crouch, R. D. Synthesis 1996, 1031. DOI: 10.1055/s-1996-4350
- Crouch, R. D. Tetrahedron 2004, 60, 5833. DOI: doi:10.1016/j.tet.2004.04.042
- Crouch, R. D. Tetrahedron 2013, 69, 2383. DOI: 10.1016/j.tet.2013.01.017
開発の歴史
アルコールのシリル化剤として用いたのは米国のE. J. Coreyがはじめてである。1972年にTBSClを塩基としてイミダゾール存在下DMF溶媒中アルコールと反応させると収率よくシリル化体が得られることを発見した。さらにテトラブチルアンモニウムフロリド(TBAF)により除去可能であることも示した。現在ではもっとも頻繁に用いられる保護基の1つとなっている。
反応機構
1. 保護
ケイ素化学の常として、置換反応は5配位中間体を経由して進行する。脱離基(最も電気陰性な置換基)がアピカル位を占めるよう擬回転を起こしてから、脱離が起こる。
2.脱保護
保護の場合と同様、5配位中間体を経由して進行する。酸性条件であっても同様である。シリルカチオンは不安定なため、炭素置換におけるいわゆるSN1経路をとることはない。フッ素源で脱保護される駆動力は、強いSi-F結合形成による(Si-F結合はSi-O結合よりもおよそ30kcal/molほど強い)。
反応例
- 保護・脱保護の典型例[1]
- NaHを塩基として用いるとジオールのmono-Protectionが効率よく行える。[2]
- ヨウ素触媒を用いるTMS保護[3]
- Si-BEZAを用いる保護[4]:三級アルコールのシリル保護ができる穏和な条件。
- トリスペンタフルオロフェニルボランを用いたシリルエーテル合成[5]:官能基受容性の高さは勿論のこと、混み合ったアルコールを短時間で効果的に保護できる。
- より嵩高いシリル保護基BIBS[7]:Di-tert-butylisobutylsilyl基は最も嵩高いシリル基である。TIPSよりも1300倍塩基に強い。
- ケイ素ケイ素結合をもつトリス(トリアルキル)シリル基(スーパーシリル基)[8]:カルボン酸の保護基として用いることができる。例えば、トリス(トリエチル)シリル基は非常に嵩高いためカルボニル基に求核攻撃が進行しない。
実験手順
アルコール(4.40g, 13.6 mmol)をDMF(90 mL)に溶解し、0℃にてイミダゾール(3.88g, 56.9 mmol) とクロロt-ブチルジメチルシラン(4.09g, 27.1 mmol)を加える。室温に昇温し,16時間撹拌する。十分量の水を加えて反応を停止し、水相を酢酸エチルで3回抽出する。有機相を硫酸マグネシウムで乾燥、濾過後濃縮、残渣をカラムクロマトグラフィ(ヘキサン/酢酸エチル=50/1)にて精製。目的物を黄色液体として得る(99%収率)。[6]
※ R’3SiCl/イミダゾールまたはR’3SiOTf/2,6-ルチジンの条件を用いることで、高収率でシリルエーテルを得ることができる。
後者のほうが反応性が高く、低反応性である二級、三級アルコールの保護目的に適している。
※ 脱保護は酸性条件下加水分解(AcOH-THF-H2O etc)あるいはフッ化物イオン(TBAF etc)による方法が一般的である。後者は強力なSi-F結合形成を駆動力とする。
実験のコツ・テクニック
※DMFを溶媒として使った際は、クエンチ時に多量の水で薄めた後、ヘキサン(or石油エーテル)/酢酸エチル 混合溶媒系で抽出すると良い。DMFが有機相に来にくくなり、抽出が楽になる。
※ 以下に良く使われる保護基を列挙しておく。TBSが一般的にFirst Choiceとして用いられるが、その他もよく使われている。TMS基はかなり外れやすいため、3級アルコールなどのかさ高いアルコールの保護、もしくは一時的保護目的以外では用いられることは少ない。
※ 酸性条件下での安定性はTMS(1)<TES(64)<TBS(20,000)<TIPS(700,000)<TBDPS(5,000,000)であり、塩基性条件では、TMS(1)<TES(10-100)<TBS, TBDPS(20,000)<TIPS(100,000)である(括弧内の数値はTMSを1とした際の強さを表す)フッ化物イオンに対する安定性はTMS<TES<TIPS<TBS<TBDPSの順である。
※ TBAF条件での脱保護後に生じるアンモニウムアルコキシドは強塩基として働くので、塩基に弱い化合物には用いることが出来ない。緩衝目的で酢酸を加えたり、さらに温和な条件(HF・Py、3HF・Et3Nなど)を試す必要がある。
参考文献
- Oguri, H.; Hishiyama, S.; Oishi, T.;Hirama, M. Synlett 1995, 1252. DOI: 10.1055/s-1995-5259
- McDougal, P. G.; Rico, J. G.; Oh, Y.; Condon, B. D. J. Org. Chem. 1986, 51, 3388. DOI: 10.1021/jo00367a033
- Karimi, B.; Golshani, B. J. Org. Chem. 2000, 65, 7228. DOI: 10.1021/jo005519s
- Misaki, T.; Kurihara, M.; Tanabe, Y.; Chem. Commun., 2001, 2478. doi:10.1039/b107447b
- Blackwell, J. M.; Foster, K. L.; Beck, V. H.; Piers, W. E. J. Org. Chem. 1999, 64, 4887. doi:10.1021/jo9903003
- Panek, J. S. et al. J. Org. Chem. 2009, 74, 1897. DOI: 10.1021/jo802269q
- Liang, H.; Corey, E. J. Org. Lett. 2011, 13, 4120. DOI:10.1021/ol201640y
- tan, J.; Akakura, M.; Yamamoto, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 7198. DOI:10.1002/anie.201300102
関連反応
- カルボン酸の保護 Protection of Carboxylic Acid
- ブルック転位 Brook Rearrangement
- 1,2-/1,3-ジオールの保護 Protection of 1,2-/1,3-diol
- カルボニル基の保護 Protection of Carbonyl Group
- アシル系保護基 Acyl Protective Group
- アセタール系保護基 Acetal Protective Group
- スルホン系保護基 Sulfonyl Protective Group
- エーテル系保護基 Ether Protective Group
- カルバメート系保護基 Carbamate Protection
- p-メトキシベンジル保護基 p-Methoxybenzyl (PMB) Protective Group
- ベンジル保護基 Benzyl (Bn) Protective Group
関連書籍
Greene's Protective Groups in Organic Synthesis (English Edition)
Protecting Groups (Thieme foundations of organic chemistry series)
外部リンク
- 保護基(有機って面白いよね!!)
- 保護基 (Wikipedia日本)
- Protecting Group(Wikipedia)
- Protecting Group
- Stability of Protecting Group: Hydroxyl (organic-chemistry.org)
- スーパーシリル保護基| SigmaAldrich